漢方外来だより10

(7)ストレス

 最近、“職場のメンタルヘルス”という言葉を耳にします。日本医師会雑誌の4月号でも特集されていました。厚生労働省労働基準局が出している「労働衛生のしおり」では、近年ストレスを感じる労働者の割合が増えていると報告されています。ストレスは仕事にまつわることだけではありませんが、世界経済のグローバル化に対応するための競争原理の進展に伴う職場でのストレスの増加は事実のようです。ただ、ストレスを減らすということも社会構造上一朝一夕にはできないことですし、趣味やスポーツ等によるストレス解消も、皆が効果的に行えるわけでもありません。現実的には、ストレスをある程度はかかえた状態で、日々を送っていかなければなりません。

漢方外来だより10

 中医学では、ストレスは『肝』の気機の運行をスムーズにする作用を障害すると考えます。そうすると精神の機能が調節できなくなり、イライラして怒りっぽくなったり、不眠・煩燥などの症状が現れることがあります。また、食欲が減退し神経性の胃痛や潰瘍になったり、喘息の患者の中には興奮や緊張で発作が誘発されたりする人もいます。 『肝』の働きの障害が『脾』や『肺』に影響を及ぼすのです。

 気機の運行を改善する生薬の代表は“柴胡(さいこ)”です。漢方の書籍では柴胡の含まれる方剤群を柴胡剤といい、腹診による胸脇苦満(きょうきょうくまん:右季肋部の抵抗・つかえ)を拠所として用いられますが、数ある柴胡剤の鑑別方法について記載があります。以下に代表的な処方のいくつかを解説してみましょう。

★柴胡桂枝乾姜湯 (さいこけいしかんきょうとう)※出典:傷寒論(しょうかんろん)

適応:比較的体力の低下した人で顔色がすぐれず、疲労倦怠感があり、動悸、息切れ、不眠などの精神神経症状を伴う場合。(軽度の胸脇苦満、悪寒、微熱、盗汗、口渇)

 小柴胡湯(しょうさいことう)の加減方といえます。元々は、感染症が長引いてすっきりせず上記の括弧内の症状がみられるときに用いる処方でしたが、現代では必ずしも先行する感染症が明らかでなくても、同様の症状のときに応用され、効果をあげています。

★ 柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)※出典:傷寒論

適応:比較的体力のある人で精神不安、不眠、イライラなどの精神神経症状があり、胸脇苦満のある場合。(頭痛、頭重、肩凝り)

 柴胡桂枝乾姜湯と同様の症状ですが、やや体力のある人向けということになります。竜骨(脊椎動物の骨の化石)、牡蛎(かきがら)という2種類の安神薬(気を静め、落ちつかせる)が含まれています。

★ 抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)

(抑肝散(※出典:保嬰撮要(ほえいさつよう))に陳皮半夏を日本漢方にて加える)

適応:比較的体力の低下した人で、神経過敏で興奮しやすく、怒りやすい、イライラする、眠れないなどの精神神経症状を訴える場合。

 釣藤鈎(ちょうとうこう)という“肝風”を静める薬が含まれており、左腹部に著明な動脈拍動を感じます。

 柴胡剤は、まだ多数ありますし、柴胡剤以外にも気機のめぐりを改善するには香附子(こうぶし)などを含んだ方剤があります。実際には精神症状以外に表れる身体症状に併せて薬の組み合わせが必要になることも多いです。故(ふる)くに組み立てられた漢方薬ですが、現代病にも思わぬ効果をもたらしてくれることがあります。

参考文献:日本医師会雑誌2007年4月号  
      傷寒論解説 大塚敬節/創元社
      やさしい中医学入門/東洋学術出版社

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